hello baby!まさかの3人子持ちに。

社会に出た時から、派遣とカメラマンのパラレルキャリアで生きてる私の、育児と仕事についてのブログです。今は、下駄屋のネットショップ担当、音楽教室の先生、家族写真カメラマンとして3つの顔を持ってます。

花嫁修行ってやつ。


今は、何を持って花嫁修業というのでしょうか??


昔は、お花やお茶、作法的なところと

台所仕事に掃除などだったようですが…。


オトコも台所に立てないとダメっていう現代の妻たち。

私もそうなのですよ。



よって、我が家では(特にばーちゃん世代)には

「ご飯なんて勝手に食べてくれるよ」というのは

信じ難いようです…。


ご飯も作ってやらないんじゃ、愛想尽かされるよ!とかなんとか。


掃除洗濯料理くらいは、一通り出来ます。



うちの彼ちんは、掃除が好きなようで

私の出しっぱなしは嫌みたい。




私が読んだマンガとか、雑誌、ちらかしたコップなどは

片付けをしながら後ろを付いて回っています。





オカン。






なるべく自分でやるようにしてるので

「努力は見えるが至っていない」という評価ですね。




見せる努力って大切ですね。


(やってるでしょ!という主張とも言います)


さて、そんな私も

意外なことに、料理は結構出来ます。



想像で。




創造とは想像なりといったバイト仲間がいますが

全くその通りだと思うこの頃です。



料理の基本は、母から習いました。

習ったというより「お手伝い」の一環で身に付いたものです。




お料理を習ったことは無いですが

教育されたのは、間違いなく学生時代のバイトです。



居酒屋さんのキッチンにいました。



その居酒屋も、今やオートメーションの用ですが

8年前(?!)は、ほとんどお店で手作り。



19歳の私は、25歳くらいのお兄さん達から

怒鳴られ怒られ…。



キッチン用具の使い方(専門的なヤツ?)とか

掃除の仕方や食材の扱い方まで

バイトだしという軽い気持ちは「一喝」されました(゚Д゚;)



いやー怖かったですよ。

楽しかったけど、お兄さんたち怖かった。


今でも交流ありますけどね。



カンパチをギャーギャー言いながら捌いたりしましたねー。

中華なべとかでチャーハン作ったり。

なつかしかー



その頃の体に叩き込まれた感覚というのは忘れない物で

今でも、結構色々できます。






300個くらい、唐揚げを揚げたり。

間違いなく、私の花嫁修業は、あの居酒屋でしたね。




楽しかったけど、厳しかったバイトでした。


で、母からの花嫁修行ってのは

「バイトするならキッチン」という有り難い助言ですわ。




新規オープンでホールバイトの女の子は沢山集まってたので

「キッチン希望」の女子は、マニアックだった。



一緒に働いた女の子は、みんなマニアックな感じだった。


おかげで、調理師免許取得できるくらいの技術と経験はゲットし

(別に試験は受けなかったけど)

海外のホテルから、「日本食の料理人(女子)」のお誘いがあったり。


※私の技術が高いわけじゃないです。

愛嬌と教わった人の人脈的な感じ?





今思えば、行っとけば良かった。

和食料理人



こんなに日本食ブームが来ると分かっていたら!!



ということで、花嫁修業というか料理の勉強は

バイト代もらいながら、いろんな人から教わりました。



この経験、結婚式関連でもバッチリ活きてることに気が付きました。


誰かの後ろを通るとき、必ず声をかけます。



お客様でも、スタッフでも。



「後ろとおりまーす」と。



そう、キッチンでは火・油・刃物を扱っているので

この一言が無いと、ちょっとの事でも大事に。


最初、習慣になっていない頃は

まー怒鳴られた。



「後ろ通るときは、声かけるんじゃぼけー」って。


骨の髄までしみこんでいるようです。



あれは私の花嫁修行というより

人間育成訓練所だったのかも。



あの頃怒鳴ってくれた彼らは

今、何をしてるんだろうなー。